あめりかよ!

今週はUN Weekとかで街にパトカーがあふれかえっています。Riverside Drも通行止めです。特に大学ではどこかの大統領が講演をするらしく、警官が沢山いて、いつもと少し違う緊張感がありました。そういえば、UNでイランの大統領がホロコーストをMith(神話)と表現したらしく、その大統領が大学でも講演するらしく、議論を呼んでいます。ジョージアの大統領も来るらしく(彼は30代で、ここの大学の卒業生)、レヴァンとヴァレリーは誇らしげであり、興奮していました。

ミクロの授業でグループを組みました。最近の新聞記事を経済学的に解説を加えながらプレゼンしろとのこと。こちらの大学はすべての授業でグループワークが要求されます。マネジメントなどの授業では予想していましたが、統計やミクロみたいな授業でもグループワークが要求されるとは思ってもいませんでした。この授業のグループワークはフリーライダーが続出するとのこと。どうなることやら。

落合信彦の「アメリカよ、あめりかよ!」を読みました。高校時代にも読んでいたのですが、その時は全く印象に残らない本でした。今回読み返しても、前半は、マス大山の「空手バカ一代記」と完全にかぶっていて、なんだかなあでしたが、昔のアメリカの雰囲気みたいなものを知る上では(勿論、著者の主観が大きいことは承知の上ですが)、大変面白い本でした。スタジアムで喧嘩を45回して、一度も負けなかったとか、アメフトの選手を一瞬で5人KOしたとか、彼の武勇伝はさておき、作者が1960年代に体験したアメリカの空気みたいなものの描写と、それを新鮮な驚きとして、積極的にどんどん受け入れていく姿勢がとっても興味深いです。

黒人差別が歴然と存在した一方、今以上に世界の中でスーパーパワーであったアメリカ。公民権運動が起こり、ベトナム戦争が泥沼化し、ケネディが登場し、急激な勢いで変化するアメリカ、に対し、アメリカのことといえば映画でしか知らされなかった日本から飛び出した作者の驚きはいかほどであったか、40年以上経った自分ですら、これほど毎日驚いているわけですから、想像するだけでわくわくします。

特に、アメリカに到着した時の興奮している記述を見ると、シニカルではない、素直な驚きとか、Opennessこそが、新たな発見とか、変化とか成長をもたらしてくれるのだなあと思ってしまいます。この本が書かれたのが、作者が渡米した1960年代から、20年後の1980年代の半ばです。1980年代といえば、私は、ようやく記憶が体系だったか、立たないかの時期で、アメリカにいました。日本はバブルの萌芽期です。

その時期(1980年代)のアメリカを、落合信彦は、彼が心酔しているケネディと、ニクソン・レーガンを比較し、「アメリカ社会は弱々しくなった。スケールが小さくなって、スーパーパワーとしての自信を完全に失っている」と描写しています。丁度それからまた20年が経ちました。私は、幸運にもアメリカを考えるチャンスを与えられてます。アメリカ社会がどうなっているか、その全体像はまだまだ感じられません。日本との比較、日米関係で言えば、絶対値で無い傾向は、むしろ40年前に戻ったようにも感じます。

作者が引用している、ロバートケネディの言葉でこういうのがありました。「変化というものは往々にして悲劇的な冒険である。人間にノスタルジアがある限り、変化に対するものは当然あり得るものだ。しかし、変化こそ歴史における唯一の普遍的要素である。私は現実を見据えた理想主義者でありたい(An idealist without illusion)」。難しいけど、特に私のような仕事をするうえで、常に心がけたいことだと思います。

もうすぐ日本に帰ります。7月18日に渡米したため、2ヶ月と1週間振りです。たったこれだけでも、幼少期を除けば、最も日本から離れた期間です。
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by noritaya | 2007-09-25 17:35